


そのご夫婦は、初対面の時から積極的にご自分たちのことを話されました。暮らし方、好きなこと、嫌いなこと・・・話される内容は多岐にわたり、まだ若かった私はそれをひたすらインプットするという状態が続きました。夕食を終えた19時半頃に伺い、23時半頃にお暇するという4時間コース、これを何度も繰り返しました。
ヒアリングを終えて、ようやく提案の段階に進みましたが、今度はなかなか納得してくれません。「もっと良いのないの?」と言われてしまいます。最初は「何と要望事項の多いお客様だな」くらいに思っていたのですが、そのうち自然と「この人に認めてもらうにはどうすれば良いのか」を追求するようになっていきました。厚紙を切って縮尺模型を作り、図面に貼り付けて説明するというように、お客様に理解してもらいやすくするための工夫も、いろいろ考えました。そんなある日、私はあることに気づいたのです。
「俺はお客様に納得して貰おうと、様々なことをしているが、これはひょっとして俺自身が納得するための作業ではないのか」。気づいたのはそのことでした。
表面的なつきあいにとどまっていては、お客様が真に望んでいることはわからない。私を納得させてくださいと言うくらい、お客様に深く関わっていこう。その代り、お客様の大事な思いを聞いたからには、とことん納得していただける家づくりをしよう。この時、私には自分がめざす家づくりの方向性が見えた気がしました。


助産師のような存在になりたいと言いましたが、お産には時間がかかるものです。生みの苦しみを経て喜びを共有するまでの長い道のりを、私とともに歩んでくれる大勢の人たちがいます。
大工、左官、電気工事、基礎、水道、板金、建具・・・数えきれないほど多くの職人たち、そして現場監督、裏方の事務などを担うわさだ工務店の社員たち。誰が欠けても私がめざす家づくりは成り立ちません。
前述の、私に家づくりの理想を与えてくれたお客様は、完成した家に私を招いてくださり、こんな言葉を下さいました。
「今、この場にあなたが居ること、それはあなただけの実力じゃない。でも、お父さんの力だけでここに居るわけでもない。あなたは確かによくやった。でもそれはもっと大勢の周囲の人に支えられていたから。その気持ちを絶対に忘れなさんな」。
その方はそう言いながら、次のお客様を私に紹介してくださったのです。
一緒に理想を追求してくれる仲間がいること。そして信頼して下さり、応援して下さるお客様がいること。何と幸せなことでしょうか。それまで何気なく使っていた"おかげさま"という言葉は、この時から私にとって特別な言葉になりました。
出会いは決して偶然じゃない。すべての出会いに"おかげさま"と感謝して、一軒一軒の家の誕生を、誠実に、丁寧にお手伝いしていこう。いま心からそう思っています。まだまだ勉強しなければならないことは山積しています。諸先輩の皆様、今後ともご指導のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

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